和紙作りの名脇役「トロロアオイ」の全貌
和紙に詳しいという人がもし、トロロアオイを知らなかったらその人はモグリでしょう。
それぐらいトロロアオイは和紙作りに欠かせないものです。
見た目は不気味で扱いは繊細、役割は重大なトロロアオイの全貌をこの記事で紹介します。
和紙作りの鍵「ネリ」
トロロアオイは、和紙を漉くときに楮や三椏などの繊維原料と一緒に水に混ぜる「ネリ」の材料です。ネリには粘りがあって、その粘りが以下のような働きをします。
- 繊維を均一に分散させる
- 水が簾を抜けるスピードを遅くする
- 繊維を簾にへばりつかせる
これが「流し漉き」という和紙独特の漉き方を可能にします。
一般的にイメージされるような「薄くて丈夫」な紙は流し漉きで作られます。つまりトロロアオイはまさに和紙作りの鍵なのです。
原料と水とネリのバランスのことを地合い(じあい)と言います。1日の漉き始めにしっかりと良い地合いを作るのはとても重要です。私たちも、漉き始めの違和感をそのままにしてしまったために、1日中苦戦した経験があります。
ネリはしっかりと利かせるのが基本です。
ネリが利いていると
- 漉きやすい
- 紙がきれいに仕上がる
ネリが利いていないと
- 漉きにくい
- ムラになる
- 紙にチリが残る
- 干すときに紙同士がくっつく
ちなみにネリは地域や工房によってはノリとも呼ばれますが、いわゆる糊のように接着する効果はありません。牛乳パックとかでリサイクルペーパーを作るときに、糊を薄く溶かして入れることがありますが、あれとは全く違います。
※重要 トロロアオイの天敵は温度
トロロアオイには、温度が高いと粘りが弱くなってしまうという特徴があります。
真夏にネリを作ると、数時間でほとんど粘りがなくなってしまいます。逆に冬、気温が5度以下のようなときは、数日たっても粘りがなくなりません。
「寒漉き」と呼ばれる、冬の寒い季節に漉いた紙が最高だと言われる理由の一つです。
トロロアオイ以外でもネリは作れる
ネリはトロロアオイ以外からでも作れます。
代表的な材料としてノリウツギがあります。ノリウツギはトロロアオイよりも粘りが弱いのが特徴と言われています。
こちらは奈良県吉野の工房「福西和紙本舗」を見学させてもらった時の様子です。
これは原料に白土を加えたうえで厚い紙を漉いているので、ノリウツギをつかって丁寧にゆっくりな動きで漉いています。
ちなみに、トロロアオイはオクラの仲間なのですが、普通のオクラでもネリを作ることができます。オクラのネリについては、こちらの記事もご覧ください。
トロロアオイは栽培されている
ノリウツギは基本的に野生の植物を採取して使いますが、トロロアオイは栽培される農産物であるという点も大きな違いです。栽培しているから比較的安定して確保できるということもあって、現代ではトロロアオイが主流です。
トロロアオイの栽培方法
かみこやでは自家栽培のトロロアオイを使っています。もちろん無農薬・無肥料です。その栽培方法をお伝えしましょう!
1,種
種は前の年に栽培していたトロロアオイから採取したものを使います。この太短いオクラのような房の中に種が入っています。乾燥させて、種を取り出して保存しておきます。
2,種まき
初夏に種を撒きます。
農産物なので、やっぱり「良い畑」の方が出来が良いです。しかし、根にコブがつく病気もあるので、栽培の場所を毎年変えていきます。
3,間引き
芽が出てきたら、間引きを始めます。星形のような葉っぱがトロロアオイです。想定の苗の間隔になるまで、力強く成長しているのを選んで残していきます。
4,花摘み
トロロアオイはハイビスカスの仲間で「花オクラ」とも呼ばれてまして、大きくて素敵な花が咲きます。
でも根っこを太らすために、花は全て蕾の時点で摘んでしまいます。種を作るために成長力が奪われるのを防ぐためです。
ただし、次の年の種を確保するために、一部だけ花を咲かせてあげます。ちなみに、トロロアオイのオクラは食べれませんが、花は食べれます。おひたしとかにすると、ねばねばして美味しいですよ。
5,収穫・掃除
茎や葉が枯れてくる11月ごろに収穫します。
大事な根っこを傷つけないように掘り起こして、茎を切り落とし、水洗いして泥を落とします。
トロロアオイがないと和紙が漉けないので、立派な根っこが沢山収穫できた年は心強いですし、病気のものが多かったり、収穫が少なかったりするとすこし心配になります。
トロロアオイの保存方法
トロロアオイをどんな方法で保存しているかは重要です。
なぜかというと、保存方法によって紙の漉き具合や紙の仕上がりに影響がでるからです。防腐剤に漬け込むのが一般的で、かみこやでは冷凍保存をしています。それぞれにメリット・デメリットがありますので、まとめました。
防腐剤 | 冷凍 |
ネリの効きが強い | ネリの効きが比較的不安定 |
温度に比較的強い | 温度に弱い |
薬品の取り扱いに気を遣う | 安全 |
薬品の購入にコストがかかる | 冷凍庫の電気代のみ |
薬品の紙への影響が未知の部分がある | 完全無添加の紙が作れる |
かみこやでは冷凍保存をしています。なので効率は悪いですし、真夏に流し漉きはできないという制約があります。
それでも冷凍にするのは、手漉き和紙1000年の歴史で品質が証明されている、無添加の製法を大切にしているからです。
ちなみに、植物を一切使わない化学ノリというのもあります。水に溶かすだけでよくてとても効率が良さそうですが、意外とそうではなくて、化学ノリだけでは漉きにくくて、トロロアオイなどのネリと混ぜて使うことが多い、と聞いています。
トロロアオイが無くなる!?
和紙原料の楮と同じように、トロロアオイも生産者がいなくなってしまう瀬戸際にきています。
落ちに落ちた和紙の生産料がさらに落ちていることに併せて、高齢化が進んでいるからです。
ニュース> 手すき和紙作りに不可欠 トロロアオイ 「もはや限界」 茨城県小美玉市
幸い小美玉市では、現在は和紙産地からの支援もあって生産は続いているようですが、全国的にギリギリの状態は変わりません。これからはトロロアオイの確保も課題になってきています。
ところで、トロロアオイの確保に冷や冷やするのは今に始まったことではないようです。このブログを書くためにネットを調べていて、面白い記事を見つけたので引用します。
(トロロアオイなどの)工芸作物の生産が元来、流動的で投機的な性格を多分にもっていることとも大きく関わっている。作柄が不安定であるということに関していえば、事実、先に参照した1952年の統計の1年後の旧小川町における生産量をみると、作付面積が350畝から150畝に、推定販売量は8,750貫から2,000貫に減少しているのが確認される(昭和29年園芸工芸農作物実収穫高表綴)。1年単位でこれほどまで大きな変動がみられることは、この作物の安定的な供給は、往時も決して約束されていたわけではなかったことを推測させる。つまり、今回私たちが経験した「手に入らなくなる」という「危機感」は、トロロアオイの生産に潜む本質的な弱点によるところが大きく、それが遅まきながら表面化してきた結果であったという見方をするのがより適切なのではないか。
文化財の視点からみたトロロアオイ生産技術の現状 ―茨城県小美玉市の実例を通じて―
菊池理予・林 圭史・渡瀬綾乃
紙漉きには古くから政府に規制をされたり、原料問屋が暗躍(?)したりとなかなか刺激的なストーリーがありますが、トロロアオイを巡ってもこんなドラマがあったんですね。
トロロアオイからネリを作る方法(かみこや流)
まずは解凍します。かみこやでは500gずつの塊にして冷凍しています。太い根っこだと6本前後です。
流水に入れると数時間で、室温だと一晩ぐらいで解凍します。
次に木つちで叩いて潰します。粘りが出るのは根っこの皮なので、まず芯から剥がすように叩いて、それから皮を砕きます。よいトロロアオイの皮は肉厚です。
それから次がポイントなのですが、叩いた直後のトロロアオイは粘りがあまり出ません。最低でも一晩、出来れば1日から2日ひたひたの水につけておくことで、ズルズルの粘りがでるようになります。
紙を漉く当日の朝に、水につけて置いたトロロアオイを揉んで、布で濾してネリの完成です。
ちなみに布で濾す前の液体には塊や汚れがあるので、完成したネリや紙漉き道具に触れないように気を付けて下さい。
トロロアオイはまた冷凍して、次からは解凍したらすぐに使えます。トロロアオイの質や作るネリの濃さにもよりますが、500gのトロロアオイから30リットルぐらいのネリは作れます。
この記事は以上になります。これであなたもトロロアオイについての知識はほぼ全てを知りました。あとは実際に触ってみるのが一番です。
ワークショップに来ていただけたら体験できますし、トロロアオイのネット販売もしていますので、ぜひ一度トロロアオイの粘りを感じてみてください!
何か質問がありましたら、メールマガジンの返信でお気軽にご質問下さい。
トロロアオイを購入する
かみこやの畑で大切に育てたトロロアオイを冷凍で販売しています。自家消費用の余分なので、販売量に限りがあります。
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